2007年05月13日

デンデラ→ルクソール→カイロへ(デンデラ行 その5)


ハトホル神殿の見学も終わり、日が暮れる前にデンデラからルクソールへとコンヴォイで引き返す。

帰りは来た道とほぼ同じ道をそのまま帰るだけだろうが、どのような移動なのかは分っているので気が楽だ。

デンデラは地図を見ても分るとおりルクソールからカイロへと向かう途中にある。

したがって、この旅がパックツアーでは無く、もしも外国人観光客の自由な移動が認められていたら、きっとルクソールをすべて見終えたあとデンデラへ行き、そのままカイロへと向かっただろう。

今回は、そのどちらの条件も満たされていないため、いったんルクソールに戻るのだが、実はこの日の晩にルクソール駅から鉄道(寝台列車)でカイロへと向かう予定なのであった。先に「気が楽だ」とは書いたが、何しろラジエータやスピードメーターの整備に難があるタクシーだ。チェックアウトしたあと荷物を預けてあるホテルに無事なまま帰り着くまではまだ安心するのは早い。

さて、帰路も往路と同じようにコンボイは街や村、集落を出ると猛スピードで疾走する。

不思議なのは、先頭と最後尾に武装した護衛車がいて、コンボイ全体の速度はそれらの護衛車両によって決まるはずなのに、途中追い抜いたり追い抜かれたりを頻繁にしていたことだ。

日本にもハンドルを握ると人格や性格が変わる人がいるが、エジプトでもそういう運転手が多いのかも知れない。

もう一つ、先に書き忘れていたが絶対に書き記しておきたかったことがもう一つある。

それは、全行程でたかだか数十キロメートルの距離であったのに検問所が2、3箇所あり必ずチェックをしていたこと、さらに、コンボイの走る幹線道路沿い1キロか2キロ毎に銃(ライフルかマシンガン)を小脇に抱えた、ガラベアにターバン姿の護衛の男達が立ってコンボイ護衛の任についていたことだ。

ルクソール観光 (ハトシェプスト女王葬祭殿)のページにも書いたように、エジプトではイスラム過激派のテロによって外国人観光客が狙い打ちにされた忌まわしい過去がある。

このとき、外貨獲得の貴重な手段であるエジプトの観光産業が大きな打撃を受けたのは言うまでも無い。

その時の教訓なのだろう、お金を落としてくれる外国人観光客の命の安全を守るために、テロによる襲撃の恐れのある治安の悪い場所ではクルマに護衛を付けたり、列車の乗降を制限したりすることを義務付けるようになったのだろう。

太古の先人達が遺した世界遺産に依存した観光産業とそれを取り巻く複雑な政治・宗教的な環境を持った国、それが現在のエジプト。。。

さて、ハトホル神殿の素晴らしさや上のような複雑な思いを抱きつつ、ルクソール近郊へと戻ってくるや、市街地に入る少し前あたりでタクシーの運ちゃんが携帯電話でなにやら話をしている。

おいおい、危ないからちゃんと運転してくれよな、と思っていると、次の客を載せなきゃならないが、時間が無いのでホテルまでは行けない、代わりに追加料金無しで仲間のタクシーを呼ぶから、それでホテルまで帰ってくれ、と言う。

まぁ、仕方が無いから、こちらの料金負担が変わらないのならいいや、とOKすると気分も軽やかに鼻歌交じりでルクソール市内へと入ってゆく。

仲間の運ちゃんと落ち合い、我々を乗せかえると、最初の運ちゃんは次の客を乗せるために上機嫌で行ってしまった。

我々は仲間の運ちゃんのタクシーに乗り換え、10分も乗っていただろうか、無事ホテル(メルキュールイン)へと辿り着いた。やれやれ、なんとか五体満足に帰ってこれたわい!

ホテルで預けていた荷物をチケットと引き換えに戻してもらい、ロビーでガイドのハマちゃんを待っていると、ほどなくして彼が笑顔で現れた。


さぁ、これからいよいよピラミッドの待つカイロ(ギザ)へ、一夜の鉄道の旅だ。

→ カイロ・ギザへ鉄道の旅(その1)へ続く
posted by エジプト旅行記・管理人 at 00:02 | Comment(0) | デンデラ(Dendera)
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